110208 向島百花園

スカイツリーを見た後は、バスに乗って向島百花園へ。業平橋からバスで一本なので他に数名ほど
このコースで観光してた。

梅まつりの2日目。まだ、ちょっと早いかな。

バス停側には入口がないので反対側へ。

梅`見驚`はまだ。園内に数本しかない。

梅`白加賀`は、ぼちぼち。


ボランティアさんによるガイドツアーに参加。
開始時間まで時間があるので、雑談混じりに質問。
石碑の修理って書いてたけど、関東大震災とかで倒れたの?

倒れてないそうです。空襲で破損した石碑もあるそうです。
200年前の江戸時代に開園してからの木とかあるの?
ないそうです。向島百花園は2回全滅状態になったとのことで、一回目が明治の
荒川(現:隅田川)の大洪水。この洪水では水がなかなか引かず草木が全滅。この洪水で
荒川放水路(現:荒川)の掘削が決まり、洪水被害は減ったそうです。そして、もう一つが
空襲と戦後の時。空襲では本所区(現:墨田区)ほど向島区(現:墨田区)は被害に遭わなかった
けど百花園に焼夷弾が落ち火災発生。戦後では地域住民が燃料にする薪を採取するため3本
残して根こそぎ切った、そうです。
その後、地域住民と東京都は百花園の再開を、区は野球場にしようとして最終的には百花園に
なったそうで歴史の意外な一面。
ぺんちゃんは江戸時代か明治時代の植物園ぐらいの認識だったんだけど、もともと個人の
所有物で訪問者をもてなすためのものだったとのこと。都立庭園と割と近いものがある。
都立9庭園共通年間パスポートの対象施設でもある)

「花屋敷」と書いた額の中で「敷」の字が違うのは、当時「屋敷」と言う言葉を武家以外で
使用できないための処置で・・・などのガイドツアーがスタート。

ガイドツアーは共通ではなく、担当ガイドの方によって話題の方向性が変わるらしいです。

こちらは「真弓」まっすぐな枝を弓に使ったことが語源になっているそうです。

いろんな草木の語源を中心に進行。で、解散。途中参加者の方も居て最終的には10人以上が
話を聞いていた。


梅以外にも春をちょっと感じさせてくれる。


ガイドさんが教えてくれた、百花園での最近の人気撮影スポット。
晴れてて、もう少し季節が進んだら良いかも。


本日のメイン。
ガイドさんの話で「亀戸の梅屋敷」ってあったから亀戸にも行くことに。
都バスで一本だし。


うまく取れてないけど、梅に・・・
ウグイス?メジロ?さんは梅の花の蜜を吸ってた。すずめさんは、この木がお気に入り
のようで、この木だけ大人気。

「写真箱」には全写真を入れています。