080411勝どき橋

昨日は諸般の事情により会社をお休みしたので、勝どき橋に行ってきました。
松戸から南千住でバスに乗り換えて・・・と思っていたら常磐線の特別快速が来て
松戸の次は日暮里。(途中の北千住・南千住・三河島は通過。)と言うことで
日暮里からバス。今回は、雨だったので「都営まるごときっぷ」を使用。
本所吾妻橋でナゼか都営浅草線に乗り日本橋でバスに乗り換え。今日の切符は
地下鉄もOKだから(いつもは都バスだけの切符。でも、困らないけど。)
永代橋。
勝どき橋に行くはずが・・・。間違えた。日本橋までバックして東銀座で都バスへ。
勝ち鬨の渡し。
よく考えたら、本所吾妻橋で新橋行きに乗れば一本で来れたことに気づく。
かちどき橋の資料館
手前の石碑は「海軍経理学校」の碑。雨がちょっと強くなってきたが
ぺんちゃんのカメラはオリンパスの防水3メートルまでOKなので気にせず撮影。
防水のありがたさを実感。
どうして、勝どき橋の資料館を知っていたか?と言うと
この本で特集が組まれていたから。では、内部へ・・・。
今、資料館になっている建物は当時(勝どき橋が開閉していた頃)の変電所(電気室)で
ここから、橋の橋脚内のモーターに電気を送っていた所。

当時の機材がそのままあります。
資料館ですので、開閉の解説ビデオとかは予約ナシでもOK。
(見学ツアーは、要予約。)

開閉していた当時の写真などもあります。最大70度の角度を最速70秒で
動いていたそうです。
ここで、主な機構の説明を聞いてから現地に見に行きます。

ガードレールにも開閉時の様子が描かれています。
昭和8年6月から工事が始まり昭和15年6月に完成。当時の先端技術で作られています。
万博のメインゲートの予定が万博は中止(当時の入場券は、今でも有効で大阪万博・愛知万博
にも入場できた)となり、開戦。この橋は(係員さんに聞いたところ)被災しなかったらしい。
中央部
真ん中からハの字型に開閉する。その下には
ロック機構
都電が通過中に橋が誤動作なんてシャレにならないから、ブレーキとかロックは
何重にも安全策がとられているらしい。

橋脚上に建っている塔の内部。こちらは「操作室」
ここで、レバーを引いたりして操作していたとのこと。結構せまい。

いよいよ、橋脚内の部分へ。ここは入場するのに体重制限が・・・。
最近、さらに太ったぺんちゃんはギリギリセーフ。もともとメンテナンス用通路なので
体の大きい人(昭和一桁時代が基準)は通路幅の関係で通れないらしく
資料館で着ける防護帯が入れば体格OKで体重は命綱の強度からとのこと。
ただ、普通にハシゴを上り下りするだけなのでお子様でもOK。


これが開閉のメカ部分。これから先の写真の参考にどうぞ。

カウンターウエイト(おもり)

想像以上に広いです。キャッチボールとかできそう。テニスコート並みだそうです。
踏切の遮断機の棒を想像するとわかりやすいかも。片方の先端についている重りと同じ。


ラック(橋(可動葉)についている歯車)と主ピニオン(固定モーター側についている歯車)
この歯車が動いて開閉する訳だけど何と手動でも開閉可能らしい。さらに、速度調節をして
完全に閉まる手前は「ゆっくり」とかもOK。

ストッパー
開いている時は、さっきのカウンターウエイト(重り)がここで停まるようになっている。
クッションとして材木を使用。

トラ二オン軸(支点)
さっきの歯車が力点だとすると、こちらは支点。数千トンにも及ぶ橋の重量がかかってます。
写真で見るとわからないけど、巨大!

ストッパーは、高さ的には水面下だったけど、トラニオンの高さから見た風景。

根本の方は鉄板を厚く先端部ほど薄くなっていたり、歩道部分は一部木製だったりと
ちょっとでも軽くしたい!と言う思いが伝わります。

↑船用信号機と道路用信号機↓

参加者の皆さんが熱心で質問が飛び交い予定時刻を大幅にオーバー。
途中で係員さんが「あまりにも遅いけどアクシデントが発生?」と聞きに来た。
で、もっと詳しく知りたい方は「学生・技術者向けツアー」に参加してね!
とのこと。「一般向けハイライトツアー」なのに「夜も動いてたの?」「水面はどのへん?」
など素朴な疑問から「豪雪で重さが変わったときは?」「操作員は何人?」など
マニアな質問まで男性3人女性3人の計6人なんだけど一人2〜3個ぐらいは質問してた。

お土産は(参加費無料)、軍手・(絵はがきセット・解説パンフ・都建設局のチラシ)のセット。

以上、勝どき橋の資料館でした。